朝倉しんのすけ

皆さんこんにちは!朝倉しんのすけと申します。
私が小中学生の頃、日本は不景気な時代が続いていました。
そんな世の中を変えたいと思い、その頃より政治家を目指すようになりました。
2017年の都議選にて大学の大先輩である岡村幹雄さんの勇姿に感動し、
初志貫徹すべく日本第一党に入党しました。

現在調布市内各地で非正規雇用や歴史教育の問題等について訴えております。
みんなが笑顔で暮らせる社会、明るい明日を思い描ける社会をつくるため、努力してまいります。
どうぞよろしくお願い致します。

2/22 ポスティング

今日はポスティングを行った。朝倉さんと僕とKさん。本当は場所は秘密にしてほしいみたいなことを言われたんだけど、こういう写真出しちゃったらどこだか、勘の良い市民のみなさんにはモロバレではないだろうか。

花粉で目が痒くてしょうがない……

元気なおばあちゃん(なんと90歳らしい)が、ポスティングしているのを見ていたみたいでお声をかけてくれました。一通り政策を説明したら「元気そうだから任せてみたい」と言われました。

なんと党首と朝倉さんが親子なのかって。

姓が違うじゃないですかwww

調布あるあるのコーナー

武者小路実篤と調布

僕も子供の頃、結構食べましたけどね。

カボチャ最中。かぼちゃあんというちょっと不思議な餡を使っていて、あんこが黄色いんですね。でも甘さ控えめでほっくり。本当のかぼちゃみたいで美味しかったです。

残念ながら藤屋さんは閉店してしまったみたいですけど。調布名物として、うちの母はお歳暮に送っていたんですけどね。

実篤と言えば「白樺派」というのはみなさん知っているでしょう。実篤の生きた時代は大正時代。大正デモクラシーとして、日本初の自由で個人主義的な空気が生まれた時代です。モボ・モガなんてね。ま、実篤はその代表者みたいな感じの人ですよね。この絵を見ればそれがよくわかりますよね。

「君は君だよ。僕は僕だよ。でも、仲良くしていこうよ」

明治時代以前の日本人からするとありえない発想ですよね。民主主義の原点はその後、大東亜戦争で中断してしまうものの。確実に芽生えていたのです。

また共産主義の原点とも言われるような組織が生まれ、共産系初の新聞「無産者新聞」も発行。実篤も「新しい村」とかいう階級社会から切り離した実験的な村を作ったりしていました。ちなみに京王線ができたのもこの時代です。

実篤が今の日本を見たらなんて言うでしょうね。

By うり