朝倉しんのすけ

皆さんこんにちは!朝倉しんのすけと申します。
私が小中学生の頃、日本は不景気な時代が続いていました。
そんな世の中を変えたいと思い、その頃より政治家を目指すようになりました。
2017年の都議選にて大学の大先輩である岡村幹雄さんの勇姿に感動し、
初志貫徹すべく日本第一党に入党しました。

現在調布市内各地で非正規雇用や歴史教育の問題等について訴えております。
みんなが笑顔で暮らせる社会、明るい明日を思い描ける社会をつくるため、努力してまいります。
どうぞよろしくお願い致します。

2/27 ポスティング

今日は朝倉さんとポスティングだった。

ポスティングをやればやるほど党員としての自覚が出てくるような気がする。

あと事実上1ヶ月しかないので、追い込みにかかっているのだろうけど。地道にいくしかない。

調布都市計画道路3・4・28号品川道天神前線と
調布都市計画道路3・4・10号線東つつじヶ丘~若葉町ついての見解

ご質問を頂いたこの新規の計画道路についてなのですが、否定も肯定もできないという立場です。ただ、東つつじヶ丘の品川通りから若葉町の仙川へのダイレクトの交通路に関しては、交通導線として必要という見解です。

現時点では環境政策などはマニフェストとして掲げてはおりません。ただ、検討課題となりますので、理解を深めたいと思います。

調布あるあるのコーナー

多摩川と水害

なぜ調布が「調布」というのか。

これは調布で生まれ育った人は当たり前のように知っていることなのですが、調布という名前は昔の税制「租・庸・調」から来ているのですね。調はその土地の特産品。つまりこの調布市一帯は「布(絹)を税として納めていた土地」だったんですね。未だに残る「布田」や「染地」といった地名からはそういう事情が読み取れます。ちなみに調布ヶ丘も前は「上布田」でした。

この絹布に関しては京王線も深く関係していて、本来は中央線(甲武鉄道)は調布を通る予定だったんですけど、「汽車の煙で蚕が桑を食べなくなる」ということで反対運動が起きちゃったんですよね。

またさらに上流の八王子も「繊維産業の町」として有名ですよね。かっては八王子で作られた製品が横浜港から海外に向けて輸出されていたのです。

そう調布は多摩川とともに成長してきた町なんですよ。調布は?いいえ。南武地域は多摩川の賜物です。「エジプトはナイルの賜物」みたいですね。

ところがこの多摩川は「女性」に例えられていたようです、どういうことか?そうです。多摩川はいつもは清流が流れていて、流域の人々に恵を与えるけど一度怒り出すと手がつけられないということなんですね。

たとえば向かい側の多摩区にも「布田」という地名がありますよね。地図を見て気がつかれる方は多いと思います。実は多摩区の布田と調布の布田はかっては同じ調布の布田だったんですね。天正年間(1590)の大氾濫で今の流れになったので、関ヶ原の戦いが1600なのでそれより10年前ということですね。徳川家康とか、だから相当な昔ですがw

有名なのがこの狛江の水害ですね。

暴れ川の多摩川はたびたび洪水で流域の人々を苦しめてきました。まあ、この狛江の水害は人災的な側面が強いと言われていますが、ただ、こういう側面も多摩川にはあるということですね。

穏やかなランニングコース?

調布の市政、少しは治水対策も見てくださいね。

これはキツい

By うり